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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)214号 判決 1964年3月30日

控訴人(付帯被控訴人、一審被告)

池島幸治

ほか四名

代理人弁護士

吉川大二郎

被控訴人(付帯控被人、一審原告)

丸山臣一

代理人弁護士

丸山郁三

主文

一、原判決中、控訴人(付帯被控訴人)池島幸治(以下単に控訴人池島という)に対し家屋等収去、土地明渡を命ずる部分を取消す。

被控訴人(付帯控訴人、以下単に被控訴人という)の控訴人池島に対する家屋等収去、土地明渡を求める請求部分を棄却する。

原判決中、控訴人池島に対し金員の支払を命ずる部分を次のとおり変更する。 控訴人池島は被控訴人に対し

昭和二七年一〇月九日から同二八年一〇月八日までは、一月金一六、七二〇円、

同二八年十月九日から同三〇年一〇月九日までは、一月金一九、一五二円、同三〇年一〇月一〇日から同三一年一〇月九日までは、一月金二二、四八二円、

同三一年一〇月一〇日から同三二年一〇月九日までは、一ケ月金三五、二一八円、

同三二年一〇月一〇日から同三三年一〇月九日までは、一ケ月金四〇、〇五二円、 同三三年一〇月一〇日から同三五年八月七日までは、一ケ月金四二、七二七円、

同三五年八月八日から大阪市四区靱一丁目四四番地、宅地一六〇坪明渡済に至るまでは、一ケ月金四四、九七六円、

の各割合による金員を支払え。

二、原判決中、控訴人(付帯被控訴人)池島物産株式会社及び同岡林六郎(以下単に控訴人池島物産、控訴人岡林という)に対する部分を取消す。

被控訴人の右控訴人両名に対する請求ならびに付帯控訴はいづれもこれを棄却する。

三、控訴人(付帯被控訴人)池田キヨ子(以下単に控訴人池田という)の本件控訴を棄却する。(但し被控訴人の請求減縮により、原判決中、同控訴人に対し家屋等収去、土地明渡を命ずる部分は失効し、金員の支払を命ずる部分は「被告池田キヨ子は原告に対し昭和二七年一〇月九日から同二八年一〇月八日までは一ケ月金二、四〇〇円、同二八年一〇月九日から同三〇年四月七日までは一ケ月金二、七四九円を支払え」と変更されている。)

四、原判決中、控訴人(付帯被控訴人)寺尾信夫(以下単に控訴人寺尾という)に対する部分を次のとおり変更する。

控訴人寺尾は被控訴人に対し

大阪市西区靱一丁目二〇番地宅二一坪八合二勺を、同地上に存在する木造瓦葦平家建店舗一棟、建平一四坪六合三勺同市(同区靱中通一丁目二九番地の一、同番の二地上、家屋番号同町第六八番)を収去して明渡し、

かつ、

昭和三〇年四月八日から同年一〇月九日までは、一ケ月金二、七四九円、

同三〇年一〇月一〇日から同三一年一〇月九日までは、一ケ月金五、三四五円、

同三一年一〇月一〇日から同三二年一〇月九日までは、一ケ月金六、一二〇円、

同三二年一〇月一〇日から同三三年一〇月九日までは、一ケ月金六、八一六円、

同三三年一〇月一〇日から右土地明渡済に至るまでは、一ケ月金七、五四〇円、

の各割合による金員を支払え。

被控訴人の控訴人寺尾に対するその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用は第一、二審を通じ、これを一〇分し、その八を被控訴人の、その一を控訴人池島の、その余を控訴人池田、同寺尾両名の各負担とする。

六、この判決は、被控訴人において、第一項中金員の支払を命ずる部分について、控訴人池島のため金一二〇万円の、第三項について控訴人池田のため金二万円の、第四項中家屋収去、土地明渡を命ずる部分について、控訴人寺尾のため金三〇万円、金員の支払を命ずる部分について同控訴人のため金一八万円の各担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

七、控訴人池島において金二〇〇万円の、控訴人池田において金三五、〇〇〇円の、控訴人寺尾において家屋収去、土地明渡に関する部分について金五〇万円、金員の支払に関する部分について金三〇万円の各担保を供するときは、それぞれ前項の仮執行を免れることができる。

事実

控訴人池島、同池島物産、同岡林代理人及び控訴人池田、同寺尾代理人はそれぞれ「原判決を取消す。被控訴人の請求ならびに付帯訴はいづれもこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、ならびに控訴人ら敗訴の場合につき仮執行免除の宣言を求め、

被控訴代理人は「本件控訴をいづれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決、ならびに付帯控訴に基き「原判決を左のとおり変更する。被控訴人に対し控訴人池島は大阪市西区靱一丁目四四番地、宅地一六〇坪の土地上にある別紙目録記載の家屋、及び塀その他の工作物を収去し、控訴人池島物産、同岡林は右家屋から退去し、それぞれ右土地を明渡し、かつ右控訴人ら三名は連帯して主文第一項記載の金員を支払え。被控訴人に対し控訴人寺尾は大阪市西区靱一丁目二〇番地、宅地二一坪八台二勺の土地上にある主文第四項記載の家屋、及びその他の工作物を収去して右土地を明渡し、かつ主文第四項記載の金員を支払え。被控訴人に対し控訴人池田及び同寺尾は連帯して主文第三項記載の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審ともこれを一〇分し、その九を控訴人池島、同池島物産、同岡林の連帯負担とし、その一を控訴人池田、同寺尾の連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、控訴人池田に対する請求を右付帯控訴請求の趣旨の限度に減縮した。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用、認否は、事実関係につき、

被控訴代理人において、

一、本件土地については被控訴人においてその所有権を取得した以前である昭和二六年四月六日付をもつて、大阪復興特別都市計画事業土地区画整理施行地区整理施行者大阪市長近藤博夫により、(イ)の土地に対しては大阪特別都市計画事業復興土地区画整理西区第六区(江戸堀付近)土地区画整理ブロツク番号一五二、符号一一の仮換地(地債一六〇坪)が(ロ)、(ハ)の土地に対しては同区画整理ブロツク番号一五一、符号七の仮換地(地債二一坪八合二勺)がそれぞれ指定されていたが、昭和三六年二月二三日付をもつて大阪都市計画西地区復興土地区画整理事業施行者大阪市長中井光次から(イ)の土地を前示仮換地符号一一に、(ロ)(ハ)の土地を前示仮換地符号七にそれぞれ換地処分した旨の通知があり、同年三月三〇日に大阪市告示第一三四号をもつて換地処分の公告があつたから、翌三一日から換地は従前の宅地とみなされ、被控訴人かその所有権者となつた。しかして(イ)の換地の地番、地目、地債は大阪市西区靱一丁目四四番地、宅地一六〇坪であり、(ロ)、(ハ)の換地のそれは同所二〇番地宅地二一坪八合二勺である。控訴人池島は、被控訴人が本件(イ)の土地の所有権を取得した日以降、被控訴人に対抗しうる権原なくして同土地の仮換地及び換地上に別紙目録記載の建物及び塀その他の工作物を所有し、控訴人池島物産及び同岡林は右建物を使用し、もつて右三名共同して同土地の仮換地及び換地一六〇坪を不法に占有し、被控訴人の仮換地に対する使用収益権及び換地に対する所有権を侵害し、また控訴人池田は、被控訴人か本件(ロ)、(ハ)の土地の所有権を取得した日以降、被控訴人に対抗しうる権原なくして同土地の仮換地上に前記主文第四項に記載の家屋を所有し、控訴人寺尾は同家尾を使用し、もつて両名共同して同土地の仮換地を不法に占有していたが、昭和三〇年四月八日控訴人池田は右家屋の所有権を控訴人寺尾に譲渡し、その登記を経たので、同日以降は控訴人寺尾単独で右土地の仮換地及び換地二一坪八合二勺を不法に占有し、被控訴人の仮換地に対する使用収益権及び換地に対する所有権を侵害し、控訴人らはそれぞれ被控訴人に対し各占有土地の地代相当の損害を被らせている。よつて被控訴人は所有権に基き、控訴人池島、同寺尾に対しては前記各所有建物を収去して各不法占有土地の明渡を、控訴人池島物産及び同岡林に対しては前記各使用建物から退去して各不法占有土地の明渡を求めるとともに、控訴人全員に対しそれぞれ(共同不法占有の分については連帯して)別表の地代相当の損害金(控訴人池田に対しては昭和三〇年四月七日まで)の支払を求める。

二、控訴人ら主張の抗弁事実はすべてこれを争う。

(一)  被控訴人か本件土地を買受け、本訴を提起するに至つた経緯は次のとおりである。被控訴人は昭和二六年暮頃、その父繁蔵と特別昵懇で親族同様の交際をしている訴外上田与三右衛門から金融を頼まれ、やむをえずこれを承諾したところ、その後同人からいつそのこと本件土地を買取つて貰いたいとの申出を受けた。しかし被控訴人としては控訴人池島が本件土地を買取れば好都合と思い、昭和二七年四月頃控訴会社を訪れ、控訴人池島に用件を切り出したところ、所用ありと称して座を外したので、池島の使用人らしき人に買取り方を勧めたところ、一坪八、〇〇〇円の割合で毎月一坪宛なら買取るとの返答で、到底真面目な商談とは受け取れなかつたので、その日は辞去し、その後二回訪問したが、池島は不在であつた。そこで訴控訴人は父と上田との関係から本件土地を買取ることを承諾したのであるか、被控訴人は左記事情により本件土地を必要とするので本件を提起したものである。被控訴人は大阪市南区難波新地において呉服類の御小売業を営んでいるか、右店舗は小売業には適するか御売業には不適当な土地柄である上に、店舗が狭隘で、妻子六人と従業員二十数名の住居及び来集には極めて不便であり、商品の置場もない状態である。また店舗前の道路が午後零時で通行止めのため、取扱商品高年三億円に相当する六万貫の商品の入出荷共に意の如くならぬので、御売部門の店舗を他に移そうと考え、かねて船場方面に適当の土地を物色していたが、容易に入手し難いので、土地柄は遙かに劣るが、本件土地は父緊蔵にとり因縁浅からぬ土地でもあるので、その明渡を受けて右営業に適する建物を新築することを決意したのである。左様な次第で父の生存中に開店したいと考え本件土地の明渡を請求するものである。

(二)  控訴人らは、被控訴人か訴外上田与三右衛門から本件土地を買得したことをもつて、上田の窮迫、無智、無経験に乗じた暴利行為で、民法第九〇条に違反する無効のものであると主張するけれども、被控訴人は上田の窮迫に乗じたことはない。上田は本件土地を売却したかつたのであつた。しかも初めは控訴人池島に売りたかつたのであるが、それが不調に終つたのである。被控訴人も上田の意を酌み、前述のように本件土地を取得する半年以前に控訴人池島方へ買受け方を勧めに行つたが、同人は話に乗らなかつたばかりでなく、本件土地について自分は地上権を持つているから上田か他に売つてもかまわぬとまで放言したのであつた。その後被控訴人は上田の度々の懇請によつてやむをえず、本件土地を買取つたのであつて、上田の窮迫に乗じたことはないのである。また代金七二万円で買受けたことをもつて暴利であるというのも当らない。昭和二七年九月一七日当時本件土地附近の土地の価格は固定資産税課税標準価格よりも低額であつた。また控訴人らは被控訴人が本件土地に対する換地清算金の交付を受けることによつて本件土地売買代金七二万円は零になると主張するけれども、訴控訴人は本件土地買受け当時、換地の結果土地所有者に対し清算金の交付があるものかまたは清算金の徴収があるものか全く不明であつた。被控訴人が自分に清算金の交付があることを知つたのは昭和三六年二月二三日付換地処分通知書を受取つたときである。このことを考慮せず、また昭和二七年九月頃と右換地処分通知当時とでは貨幣価値に非常な差があるにかかわらずこれを全く度外視して単なる抽象的な数字の比較によつて被控訴人が暴利を得たもののように主張するのは失当である。しかのみならず売主上田と被控訴人間において何らの苦情もなく履行済となつている売買契約につき、契約の当事者でない控訴人らが無効であると主張し、本訴請求に対する抗弁とすることは許されない。

(三)  次に控訴人らは訴外上田と被控訴人間の本件土地売買契約は借地権付でなされたものであると主張するけれども、借地権付で売買するというような特約はしていない。以下この点についての控訴人らの主張が根拠のないものであることを明らかにする。

(1)  控訴人池島に真実心があれば同人と訴外上田との間に、本件土地について一坪八、〇〇〇円の割合で、毎月二坪宛の代金支払の定めで売買契約が成立し、上田も満足するところであつたと窺知しうる。一般的にいつて、本件土地を毎月一六、〇〇〇円宛の月賦金の支払を八九回受けて、八九ケ月目に代金完済となる取引と、代金七二万円を一時に、売買契約成立後日ならずして受ける取引とを比較していづれの場合が売主に利益であろうか。答を持つまでもない。されば代金七二万円は安きに失するとの控訴人らの非難は当らない。

(2)  本件土地の売買により訴外上田の控訴人池島に対する賃貸借が履行不能となる結果を招来することを、上田において意識していたかどうかは疑問である。また現在看取しうる訴訟資料から見て、控訴人池島が上田に対し賃貸義務不履行による損害賠償請求権を有するかどうかも甚だ疑問である。

(3)  敷金を返還していない事実をもつて、借地権付売買であるとなす主張もとるに足らぬ。池島が上田に返還を請求すれば上田はいつでも敷金を返還するものである。

(4)  本件土地所有権移転登記申請書中、下辺鉛筆書きの「本土地池島秀治なる者賃借中」との表示についての控訴人らの主張は牽強附会の説である。これは登記申請当事者が、登録税の安きを望んで登記官吏の登録税課税標準額認定の資料に供するため記載したものに過ぎない。本件の土地についてのみ右記載があり、(ロ)、(ハ)の土地について記載がないのは、(ロ)、(ハ)については他人が賃借中であつたことを登記官吏に対して証明する資料がなかつたからであつて、(イ)の土地についてのみ特に賃貸借の承継を認めたからではない。

(四)  次に控訴人らは被控訴人が本件建物の保存登記の欠缼を主張することは信義に反するから、被控訴人はその登記の欠缼を主張し建物収去、土地明渡を請求するについて正当な利益を有する第三者にあたらないと主張するけれども、控訴人ら独自の見解であつて到底首肯できない。被控訴人は本件土地を買受け所有権移転登記を経由した後に初めて丸山郁三弁護士にその見解を求めたものである。

また本件土地を買取ることに決意したのは、控訴人ら賃借権者を害する意思をもつてしたのではない。

(五)  控訴人らはさらに被控訴人の本訴請求をもつて権利の濫用であると主張するけれども、前叙被控訴人が本件土地を買受けるに至つた経過、事情、殊に訴外上田が控訴人池島に売却の申入れをしたこと、被控訴人自身も本件土地を取得する六ケ月以前に控訴人池島に対して本件土地の買取方を勧めに行つたこと、被控訴人が控訴人らに本件土地の明渡を請求する事情等から推して本訴請求は権利の濫用にあたらぬこと明白である。

なお控訴人池島は本件土地を明渡すことが困難であるとして種々の事情を述べているけれども、本件土地は大阪市の都市計画による商業地帯の区域に属し、控訴人池島の経営する工場設置には全く適しないものである。また同控訴人は大阪市大正区二軒家櫨町二丁目四五番地上に工場を設置していることを附言する。

地震売買の弊害は夙に建物等の保護に関する法律により防止せられているのである。自己の権利は自らの手で擁護しなければならない。その労を惜しみ、なおかつ本件土地について地上権を持つているから訴外上田が他に売却してもかまわぬとまで放言しておきながら、今になつて被控訴人の本訴請求を権利濫用呼ばわりするのは首肯し難い。

(六)  控訴人池田、同寺尾の自白の取消には異議がある。同控訴人らは本件(ロ)(ハ)の換地上の家屋が昭和三〇年四月八日までは控訴人池田の所有に属し、同日以降控訴人寺尾の所有に帰したことを従来認めて争わなかつたもので、右自白が真実に反し、錯誤に基くものであるとの主張は否認する。

と述べ

控訴人池島、同池島物産、同岡林代理人において、

一、本件土地につき昭和二七年九月一七日、売買を原因として被控訴人を取得者とする所有権移転登記がなされたこと、本件土地について被控訴人主張の如く仮換地の指定及び換地処分がなされたこと、控訴人池島が本件(イ)の土地の仮換地及び換地上に被控訴人主張の建物を所有し、これを同控訴人経営の池島物産株式会社において使用していることはいづれもこれを認めるが、同土地は控訴人池島において賃借権に基き適法に占有しているもので不法占有ではない。控訴人池島物産は控訴人池島との使用貸借契約に基いて右建物を使用しているものであるから、退去の義務はなく、また敷地に対する占有関係はない。控訴人岡林は控訴会社の工場の管理人であつたか、昭和三四年八月六日解雇せられて右建物より退去した。被控訴人主張の損害の発生及びその数額は争う。なお控訴人池島物産及び同岡林は、建物収去の場合、退去義務はあつても土地の不法占有者として地代相当の損害金を支払うべきいわれは全くない。

二、控訴人池島と訴外上田与三右衛門間の本件(イ)の土地の賃貸借契約、及び同地上の建物につき、被控訴人が本件土地の所有権を取得したと主張する当時、登記がなされていなかつたことは認めるか、右上田と被控訴人間の本件土地売買契約には、被控訴人において右賃貸借契約を承継する旨の合意があつた。即ち本件土地売買は借地権付売買であつて、このことは左記の諸点から推認するに十分である。

(1)  被控訴人は控訴人池島が本件(イ)の土地を訴外上田与三右衛門から賃借し、同地上に本件建物を所有して洋家具製造販売業を営んでいる事実を承知の上本件土地を買受けたものである。

(2)  本件土地の売買当時における時価は、借地権の付著しない場合には、控訴人池島の占有地は一坪当り金四万円(更地の場合は坪当り金五万円であるが、地上に収去可能の建物が存在するとしてその八割と評価)、控訴人池田の占有地は一坪当り金四八、〇〇〇円(更地の場合は坪当り金六万円)、右両地で合計金七、三六四、六四〇円相当であつたところ、被控訴人はこれを僅か金七二万円で買受けたものである(訴外上田は昭和二六年一二月頃被控訴人から金四〇万円を借受けたか。その返済に窮し、本件土地を代金七二万円で売渡し、右借金を差引いて金三二万円を受領したものである)。右売買代金七二万円は仮換地坪数を標準にして換算しても、一坪当り金四、〇〇七円の割合となり(旧坪計二五六坪七合八勺を標準にして換算すると一坪当り金二、八〇〇円に過ぎない)。実に時価の一〇の一にも達しない驚くべき安価である。また通例取引価格の三分の一ないし四分の一に過ぎない固定資産税標準価格(本件土地の昭和二七年度の同評価額は二、六八八、六〇〇円)と比較しても、その三・七分の一に当る低額である。訴外上田は借金返済のためやむなく本件土地を売却するに至つたもので、かかる事情の下では経済的に窮迫せる売主としてはできるだけ価格の高額を望むのが通常であるにも拘らず、右の如く売買価格が格安、むしろ捨値であつたということは、売主と買主間に本件土地を控訴人らに対し安い地代で引続き賃貸するとの合意があつたものと解するよりほかなく、この点から見ても本件土地の売買は借地権付売買であつたと推認せしめるに十分である。

(3)  訴外上田と控訴人池島との間には、本件の土地につき、建物所有を目的とする期間満三〇年の賃貸借契約が締結せられており、訴外上田と被控訴人間における本件土地売買当時におけるその残存期間はなお二三年余の長期間であつた。若し右売買契約において右池島の賃借権を存続せしめない即ちこれを被控訴人に承継せしめないという約旨であつたとすれば、上田は控訴人池島に対し賃貸人の責に帰すべき事由による賃貸義務履行不能の責任を負わなければならず、控訴人池島が本件地上建物を収去し土地を被控訴人に明渡すことによつて蒙る莫大な損害を賠償しなければならない。かようなことは法律知識のない素人にも十分判つていた筈であるから、取得代金の数倍の損害を負担してまで被控訴人の犠牲となることを訴外上田において甘受する筈がないことも、反面において本件売買が借地権付売買であつたことを有力に証拠付けるものである。

(4)  控訴人池島は訴外上田に対し本件(イ)の土地の賃貸借につき敷金三、〇〇〇円を差入れていたが、今なおその返還を受けていない、通常売買によつて賃貸借が終了したと信ずる者は必らずや預り金である敷金を賃借人に返還するのが当然であるから、若し上田が被控訴人に対し本件土地を売渡すことによつて賃貸借が終了したものと信じていたものとすれば、売買代金残額三二万円を受取つたときに控訴人池島に敷金を返還していた筈である。しかるにそのことかなかつたのは、本件(イ)の土地の賃貸借を被控訴人に承継せしむる意思をもつて売売契約をしたことを推認せしめるに足るものである。

(5)  訴外上田から被控訴人に対して本件土地の所有権移転登記申請をなすに当り、右両名は所有権移転登記の目的物件の登録税標準価格を算定するにつき、本件(イ)の土地は「他人池島秀治なる者賃借中」と記載し、賃貸価格四、一五三円一銭の一五〇倍である六二二、九七一円と算定したが、本件(ロ)、(ハ)の土地については更地として賃貸価格の三〇〇倍の一五六、三〇〇円と算定している。このことは、本件(イ)の土地に限つては、訴外上田と控訴人池島間の賃貸借関係を買主たる被控訴人(所有権移載登記申請人)においてその儘承継する旨の合意のあつたことを雄弁に物語るものである。尽し所有権移転登記の申請に当り、登記官庁に対し登記物件につき賃貸借関係の存続中なることを申告しておきながら、登記完了後直ちにその賃借人に不法占有による明渡を請求するが如きは、特別の事情のない限り考えることができないからである。もつとも不動産登記の申請に当り、税金負担の軽減を計るために、稀には故らに賃貸借関係の存在を記すこともありうるであろうが、その目的ならば同時に売買された(ロ)、(ハ)の土地についても控訴人池田において賃借中であつたのであるから、この土地についてもその旨を表示すべきであるのに、(イ)の土地についてのみ賃借中なる旨表示し、他の土地についてこれを表示していないことは、税金の軽減のためではなく、控訴人池島賃借中の(イ)の土地についてのみ賃貸借関係存続の合意が売買当事者間になされていたことを明示したものと解するほかはない。なお仮に右の表示が本件(イ)の土地につき税金関係を顧慮したものであるとしても、この一事により右賃貸借関係存続の合意を否定する理由とはならない。蓋し当事者の意思は税金関係を顧慮しつつおなおかような合意の存在を前提とするにあつたものと解することができるからである。若しこの場合賃貸借関係存続の意思がないのに、唯単に税金の軽減のみを目的として関係官庁を欺罔するにあつたと解することは、意思解釈の邪道といわなければならない。

以上の諸点から見て、本件土地の売買に当つては賃貸借関係を存続する旨の合意のあつたことは疑のないところであるが、この合意は売主たる旧賃貸人と買主たる新賃貸人間の合意(民法第五三七条の第三者のためにする契約)に過ぎないのであるから、このことだけでは賃借人たる控訴人池島に対し従来の賃貸借が、控訴人池島と買主たる被控訴人間に承継されるという効力を生じることにはならない。しかしながら控訴人池島が右の合意を承諾しさえすればそれで十分であり、新旧賃貸人と賃借人の三者が賃貸借関係の承継を約することを必要でない。ところで控訴人池島は、被控訴人を供託物を受取るべきものと指定して本件土地の賃料を昭和二七年一〇月一三日に弁済供託したから、このときにおいて利益享受の意思表示をしたことになり、これにより訴外上田と被控訴人間の合意は控訴人池島についても効力を生じ、控訴人池島は本件(イ)の土地につき賃借権を取得したものといわなければならない。若し右弁済供託の事実のみによつては利益享受の意思表示としては不十分であるとすれば、本訴においてその意思表示をする(昭和三三年七月一一日付準備書面に基き、同年一〇月二七日の原審口頭弁論期日において右意思表示をした)。

三、仮に本件土地の売買が借地権付売買でないとしても、被控訴人は訴外上田与三右衛門の無智、無経験、軽卒及び窮迫に乗じて、普通取引価格の一〇分の一という極めて格安の価格で所有権を取得したものであつて、甚だしく適当の利益を獲得したものであるから本件土地売買契約は暴利行為に該当し、民法第九〇条により公序良俗に反する法律行為として無効である。

訴外上田は被控訴人から金四〇万円を借受けていたが、その金の返済について目途がつかなかつたため、窮余、本件土地を被控訴人に売却することとなつたものであるが、上田は売買契約当時は大阪府北河内郡二島村に居住していた老人であつて、法律知識に暗いため、本件土地が地代家賃統制令の適用除外地であることを知らず、従つて控訴人池島等賃借人に対し時価相当額(鑑定人清水久米冶の鑑定書によれば、売買当時の本件土地の地代相当額は一坪当り一カ月一一〇円となつている)まで地代の値上げ請求をなしうるのにこれをなさず、本件土地を所有していても固定資産税が地代よりも多くかかり利益がないものと考え、また本件地上に存する控訴人等の所有建物は保存登記がしてないので建物保護法の適用がなく買主たる被控訴人から買受後直ちに建物収去土地明渡を問題とすることができるものであることをも知らずして、被控訴人の言うが儘に時価の一〇分の一という著しい低額で売却したものであるから、上田がいかに窮迫していたとはいえ、軽卒、無智、無経験の致すところといわなければならない。結局被控訴人は上田の窮迫軽卒、無智、無経験に乗じ本件土地を格安に買取つたもの、或は格安の値段で貸金の代物弁済に取上げたもので、被控訴人は当初から過当の利益を獲得すべく狙つたものである。

被控訴人の行為がいかに暴利行為であるかは前掲本件土地の時価と売買代金との比較によつて明らかであるが、さらに被控訴人が本訴で請求している地代額と比較して見ても買受代金七二万円は僅か三四カ月分の地代で完全に回収しうる計算となるのである。(不動産取得税その他の費用を加算しても三年一カ月余りで回収できる)。

なお最近発見した事実によれば、被控訴人は換地清算金として、本件(イ)の土地につき金八四六、一六九円、(ロ)、(ハ)の土地につき金一二六、七二一円を大阪市より交付決定を受けているから、右換地清算金のみで被控訴人が上田に支払つた売買代金七二万円、及び登録税三八、九六二円、不動産取得税二三、二七八円以上合計金七八二、三四〇円は回収されて零となり、却つて余剰を生ずる計算となる。この清算金は被控訴人が上田から本件土地買取り当時から予見せられていたものであるから、被控訴人の暴利行為の事実は一層顕著となつた。そうすると本件土地売買は若し借地権付売買でないとすれば、民法第九〇条の違反として無効であり、右無効は契約当事者以外の何人によつても、また何人に対してかつ何時でも主張しうるものであるから、控訴人らはここに右売買契約の無効を主張し、被控訴人の所有権に基く本訴請求を拒否する。

四、仮に右主張が認められないとしても、被控訴人が本件土地の所有権を取得した当時同地上に存在する控訴人池島所有の建物につき、保存登記がなされていなかつたことを理由として訴外上田と控訴人池島間の賃貸借契約が被控訴人に対し対抗力のないものであることを主張することは、既に述べて来た事情及び以下に述べる諸事情に照らし、信義の原則に反するから、被控訴人は右保存登記の欠缼を主張するについて正当な利益を有する第三者に該当しない(昭和三一年四月二四日最高裁判決参照)。

(1)  被控訴人は本件土地の所有権取得の事前に、建物保存登記の欠缼を知り、かつ伯父の丸山郁三弁護士から、建物の保存登記がなければ、控訴人池島が訴外上田に対し有する本件土地の資借権の対抗力なきことの法律知識を得ながら、売主である上田にはこれを秘して、その法的無知を利用して借地権付売買とし、極めて低廉なる価格(坪当り僅か四、〇〇七円、時価の一〇分の一)で本件土地を買受けたものである。

(2)  訴外上田が資賃権者である控訴人池島に対し買受けを希望した価格は一坪につき金八、〇〇〇円であるのに、被控訴人は一度に支払うのであるから安くしてくれといつて借地権者たる控訴人池島の買う値段の半額に減額させ、貸金四〇万円を差引き、残金三二万円を支払つて所有権移転登記をなさしめたものである。

(3)  被控訴人が本件土地を買取ることに決意したのは、控訴人ら借地人を害する意思をもつてなされたものである。

(4)  登記は不動産の権利移転に関与しない者に対する公示手段であるところ、被控訴人は被外上田の依頼により、控訴人池島に対して、本件土地の買取り方を慫憑し(それが単なる斡旋か、代理かは暫らくおく)、売買条件のことから不調となるや、自らこの土地を買受けたものであるから、登記制度の趣旨からいつても、本件建物の登記の欠缼を主張するにつき正当な利益を有する第三者ではない。

五、以上の抗弁がいづれも認められないとしても、控訴人側のすべての事情ならびに被控訴人側の事情に照らし、被控訴人の本件建物収去、土地明渡の請求は、所有権の行使の外形にかかわらず、著しく信義誠実の原則に背反し、法が権利を認めた本来の趣旨を逸脱するから、該請求は法の保護に値することなく権利の濫用として排斥さるべきものである。

(1)  被控訴人は控訴人池島が本件(イ)の土地を訴外上田より賃借し、池島物産株式会社名義で洋家具製造販売の店舗及び工場敷地として同土地を使用している事情を十分知悉していたものである。

(2)  被控訴人は遅くとも本件土地買受け直後には控訴人池島所有建物の登記の欠缼を発見し、資借権の対抗力のないことの法律知識を伯父丸山郁三弁護士から得、控訴人池島には事前に何らの交渉をもしないで、所有権移転登記の日の一二日後に早くも本訴を提起したものである。

(3)  被控訴人は心斎橋筋において延七三坪三階建の店舗を所有し、高級京呉服の卸小売業を営んでおり、年間取引高三億に達するというのであるから、控訴人池島の営業を壊滅させてしまつてまで、更に呉服卸商を営むため本件土地の明渡を求める緊急性も必要性もない。しかのみならず、被控訴人は本件土地の買受代金七二万円のうち四〇万円は売主たる訴外上田に対する貸金債権と相殺し、所有権取得当時現実に出金したのは差額三二万円と、所有権移転登記登録税三八、九六三円、不動産取得税二三、三七八円合計金七八二、三四一円に過ぎないのであるから、訴外上田との賃貸借関係を承継し、適正資料をえて控訴人池島に賃貸しても、被控訴人としては何ら財産的損害を蒙ることはありえないわけである。なお前述の如く、被控訴人は本件土地の換地清算金の交付決定を受けているから、買受代金、費用の全部を償つて余りあることになる。

(4)  これに反し若し被控訴人が控訴人ら所有の建物を収去させ、本件土地を明渡させて更地となし、他に売却処分すると仮定せば、前述被控訴人が本件土地を取得した元本総計七八二、三四一円に過ぎないのに対し、本件土地の現在の更地価格は坪当り一七万円ないし二五万円であり(甲第二四ないし二六号証鑑定書により)、当審調停の際における被控訴人主張価格によれば坪当り三〇万円であるから、被控訴人は実に三千万円ないし五千万円余の巨額の利益をうることとなるのである。

(5)  控訴人池島は昭和一七年頃、元本件地上に存在した訴外上田与三右衛門所有の建物を、被控訴人の父緊蔵の仲介によつて賃借し、洋家具製造販売業を営んでいたところ、昭和二〇年三月一屯爆弾が落下して賃借家屋は焼失し、家屋敷地には大穴が出来て池になつていたが、控訴人池島は昭和二一年二月上田から、改めて本件(イ)の土地を期間三〇年の約で賃借した上、爆弾による大穴を相当の費用を投じて埋立てをなし、同年一二月同地上に本件家屋を建築し、昭和二二年九月には池島物産株式会社(旧名池島工業株式会社)を設立し、爾後同会社名義をもつて本件家屋において洋家具の製造販売を営み現在に至つているものである。

しかして右会社の業績も近年になつて漸く躍進を見て、勤務する工員も五五名(その家族を加えて約百名)を数えるに至つたのであるが、(原判決事実摘示に従業員十数名とあるは数十名の誤りである)今仮に本件建物を収去し、本件土地を明渡すときは、右会社の業務はここに一頓座を来たし、控訴人池島はもとより、右従業員一同の生活にも莫大な支障を来たすことは必定である。蓋し控訴人池島としては昭和一七年頃以来の店舗の所在地であつて、「靱の池島」といえば全国地方の洋家具の顧客から注文が来ているが、他に適当の土地を買求め、若しくは新たに土地を賃借して店舗及び工場を移転し、或は適当な建物を賃借するということは、本件建物を無二の資産として僅かにその営業によつて生計を営む控訴人池島によつては経済事情が許さないからである。しかも本件建物を取壊ち収去するが如きことは、現下の払底せる住宅事情から見ても社会経済上重大な損失といわなければならない。

(6)  控訴人池島は本件建物につき保存登記さえしておけばかような憂目を見ることはなかつたわけであるが、法律に暗く、登記の欠缼がこのような重大な結果を招ずるとは夢想もしなかつたのみならず、建物新築当時は終戦直後のこととて、右建物も戦災地跡復旧仮設建築物許可申請に基き建設したものであつたので、ついにこれが保存登記を経なかつた次第である。

以上のような事情の下における登記の懈怠の故に、控訴人池島とその従業員らは、精神上はもとより経済的にも壊滅的な損害を蒙る半面において、被控人側が巨大な利益を獲得するというが如きことが、正義公平を理念とする法律の世界において黙過することができるであろうか。ここに民法第一条を根拠として権利濫用の理論が展開さるべき十分の根拠が存ずるものと思料する。

なお被控訴人は本件土地を買受けるに当り控訴人池島に対しこれを買受けるよう申入れた旨主張しているが、かかる事実があつたとしても、この一事をもつて権利濫用の法律の適用を排除する理由に乏しい。

蓋し控訴人池島としては当時会社の躍進に伴う営業資金の獲得に専念し、それ以外に本件土地を買収する余裕がなかつたので代金全額一時払による申入れを拒否したに過ぎないからである。しかして被控訴人池島に対し先づ本件土地買取りを申入れたという一事は、却つて被控訴人の本件土地明渡の緊急性を否定する一資料とすることができる。

と述べ、

控訴人池田、同寺尾代理人において、

一、本件土地につき昭和二七年九月一七日、売買を原因として被控訴人を取得者とする所有権移転登記がなされたこと、本件土地につき被控訴人主張の如く仮換地の指定及び換地処分がなされたこと、控訴人寺尾が本件(ロ)、(ハ)の土地の仮換地及び換地上に被控訴人主張の家屋を所有し、同土地二一坪八合二勺を占有していることはいづれもこれを認めるが、同控訴人は賃借権に基き適法にこれを占有しているものである。

控訴人池田はもと右家屋を所有していたが、昭和二六年三月二五日控訴人寺尾に代金四〇万円でこれを売渡したので、被控訴人が本件土地を取得したと主張する日以後、控訴人池田において右家屋を所有し、同土地の仮換地を占有したことはない。控訴人寺尾に対する右家屋の所有権移転登記がなされた日が昭和三〇年四月八日であることは認めるが、登記が遅れたのは控訴人寺尾において控訴人池田を信用していたし、早急に移転登記をする必要もなかつたからであるが、なお昭和二八年に控訴人池田が国税庁より右家屋の差押を受け所有権移転登記が円滑にできなかつたという事情にもよる。控訴人寺尾は控訴人池田の滞納税金を完納し、差押を解除して貰つて後漸く移転登記を完了したのである。控訴人らにおいて右家屋が昭和二六年三月以降も控訴人池田の所有であることを認めたことはないが仮に認めたとしても権利自白であるから自由に取消すことができる。さらに仮に被控訴人主張の事実を認めたものとすれば、真実に反し、かつ控訴代理人の錯誤に基くものであるからこれを取消す。

二、控訴人寺尾が本件(ロ)、(ハ)の土地につき賃借権を取得した経過は次のとおりである。同土地は控訴人池田において昭和二三年頃訴外上田与三右衛門から建物所有の目的で賃借し、同地上に本件建物を建築所有していたが、昭和二六年三月二五日控訴人寺尾は控訴人池田から右建物を買受けるとともに、右上田承諾の下に右賃借権の譲渡を受け、爾来控訴人寺尾名義をもつて上田に地代を支払つて来た。従つて被控訴人が本件土地を取得したと主張する当時、右賃貸借は上田と控訴人寺尾間に有効に存続していたものである。

しかして右賃貸借及び地上建物につき当時登記がなされていなかつたことは認めるが、被控訴人は上田から本件土地を借地権付で買受けたものであるから、控訴人寺尾と上田間の右賃貸借契約は被控訴人に承継せられたものである。仮に然らずとしても、上田と被控訴人間の本件土地売買契約は民法第九〇条に違反する無効のものである。仮に然らずとするも、被控訴人は控訴人寺尾の前記登記の欠缼を主張するにつき正当な利益を有する第三者ではない。仮に然らずとするも、被控訴人の本訴請求は権利の濫用であつて許されない。以上の点に関する理由の詳細については、左記の点を附加するほか控訴人池島らの主張をすべて援用する。

控訴人寺尾は本件家屋に家族とともに居住し、青果業を営んでいるが、その営業は店舗を構えて顧客が買いに来るのを待つというやり方ではなく、主として船場辺の一流料理飲食店より電話で注文を受け、或は定期的に巡回して青果を売込むやり方であるが、このような商売方法としては本件家屋は最適の立地条件にあり、本件家屋と同様な立地条件の家屋を他に探すことは至難であつて、控訴人寺尾が本件家屋を失うことは住居を失うとともに生活の糧を失うことになり、家族とともに路頭に迷う結果となる。これに反し被控訴人としては、本件土地を明渡せしめんとするのは経済的利益を追求することが目的であつて、自ら住居として使用するものではないから、控訴人寺尾に対する請求は権利の濫用として許されない。

なお被控訴人主張の損害額は争う。

と述べ、

証拠関係(省略)

理由

一、本件(イ)の土地(大阪市西区靱中通一丁目三番の一、宅地二三〇坪七合三勺)、本件(ロ)の土地(同所二九番の一、宅地二〇坪三合)、本件(ハ)の土地(同所二九番の二、宅地五坪七合五勺)が、もと訴外上田与三右衛門の所有であつたこと、右三筆の土地につき昭和二七年九月一七日、売買を原因として右上田から被控訴人に所有権移転登記がなされたことは当事者間に争がなく、(証拠)によると、被控訴人は同年同月一六日右上田与三右衛門から本件三筆の土地を代金七二万円で買受け所有権をしたことを認めることができる。

控訴人らは、右売買契約は被控訴人において右上田与三右衛門の無智、無経験、軽卒、窮迫に乗じ、暴利を得る目的をもつて締結したものであるから、公序良俗に反し無効である旨主張するけれども、当時右上田が金に困り時価よりも著しく低廉な価格で売渡したものであるとしても、後記認定の被控訴人が本件土地を買受けるに至つた経緯と、上田家と被控訴人家の昵懇関係に照らし、被控訴人が上田の無智、無経験、軽卒、窮迫に乗じ、暴利を得る目的をもつて本件土地を買受けたものとはにわかに認め難いから、右控訴人らの主張は採用しえない。

二、次に本件三筆の土地が大阪復興特別都市計画事業による土地区画整理地域内にあり、昭和二六年四月六日付で被控訴人主張の如くそれぞれ仮換地が指定されていたが、昭和三六年二月二三日付で換地処分がなされ、同月三〇日その公告があつて、本件(イ)の土地は大阪市西区靱一丁目四四番地、宅地一六〇坪となり、本件(ロ)、(ハ)の土地は同所二〇番地、宅地二一坪八合二勺となつたこと、控訴人池島が本件(イ)の土地の換地(換地処分前は仮換地)上に、被控訴人において同土地の所有権を取得する以前から、別紙目録記載の建物を所有し同土地全部を占有していること、控訴人池島物産が右建物を使用していること、ならびに控訴人寺尾が本件(ロ)、(ハ)の土地の換地(換地処分前は仮換地)上に被控訴人主張の家屋(木造瓦葺平家建店舗一棟、建坪一四坪六合三勺)を所有し、同土地全部を占有していることはいずれも当事者間に争がない。

三、そこで先づ控訴人池島、同池島物産、同岡林に対する請求の当否について判断する。

同控訴人らは、控訴人池島において本件(イ)の土地の換地(換地処分前は仮換地)について賃借権を有する旨主張するので、先づこの点について考えて見るに、(証拠)によると、控訴人池島は昭和二一年二月一日、右上田与三右衛門から本件(イ)の土地を、木造建物の所有を目的として、期間同日より満三〇年の約定で、敷金三、〇〇〇円を差入れて賃借し、同地上に洋家具製造販売の工場、事務所を建築所有し、被控訴人において本件土地を買受けた当時、右賃貸借の残存期間はなお二三年余存したことを認めることができる。しかしながら右賃貸借ならびに右地上建物につき当時登記がなされていなかつたことは当事者間に争がないから、控訴人池島は右賃借権をもつて右土地の取得者である被控訴人に対抗しえないことはいうまでもない。ところで控訴人らは、前記上田と被控人間の本件土地売買契約には、被控訴人において右賃貸借契約を承継する旨の合意があつた即ち被控訴人は本件土地を借地権付で買受けたものであるところ、控訴人池島はこれが受諾の意思表示をしたから、右賃貸借は被控訴人に承継せられたものである旨主張するけれども、控訴人らの全立証によるもいまだもつて右合意の存在を認るに十分でなく、却つて(証拠)によると、かかる合意は存しなかつたことを認めることができるから、右控訴人らの主張は採用しえない。

控訴人らはさらに、被控訴人において前記登記の欠缼を主張することは控訴人ら主張の諸事情に照らし著しく信義に反するから、被控訴人は右登記の欠缼を主張するにつき正当な利益を有する第三者でない旨主張するけれども、第三者が登記の欠缼を主張するにつき正当な利益を有しない場合とは、当該第三者に不動産登記法第四条、第五条により登記の欠缼を主張することの許されない事由がある場合、その他これに類するような登記の欠缼を主張することが信義に反すると認められる事由がある場合に限るものと解すべきところ(昭和三一年四月二四日最高裁第三小法廷判決参照)、本件の場合は、被控訴人において控訴人池島の登記を妨げた事実は全くなく、唯後記認定のような所有権濫用の事実が存在するけれども、いまだもつて被控訴人において、控訴人池島をして賃貸借の承継を期待せしめるような行為、その他後に登記の欠缼を主張すること自体が控訴人池島に対する背信的行為となるような行為をしたものと認めるに足りないから、被訴人が前記登記の欠缼を主張するにつき正当な利益を有する第三者に該当しないものと認めることはできない。従つて右主張もまた採用しえない。

そうすると控訴人池島は、被控訴人が本件(イ)の土地の所有権を取得した日以降、同土地の仮換地及び換地につき賃借権を有しないものというべく、他に同控訴人が同土地占有の権原を有することの主張はない。

そこで進んで権利濫用の抗弁について考えて見るに、

(一)  (証拠)によれば、被控訴人は、控訴人池島が訴外上田与三右衛門から本件(イ)の土地を賃借し、同地上に建物を所有して控訴会社名義で洋家具製造販売業を営んでいることを知りながら同土地を買受けたものであること明らかである。

(二)  (証拠)を綜合すると、被控訴人が本件土地を買受けるまでの間の事情及び買受け経過は次のとおりであつたことを認めることができる。

訴外上当与三右衛門は終戦後落魄し、宗教にこつて遊び暮し、売り食いの生活を続けていたが、本件土地に賦課される固定資産税が地代を上廻る状況で収益がなかつたので、賃借人に買取つて貰おうと考え、昭和二五年頃から(イ)の土地については控訴人池島に、(ロ)、(ハ)の土地についてはその賃借人であつた控訴人池田にそれぞれ買取方を求めていたが、同人らにおいても経済的に余裕がなかつたので分割払でなければ買えないといつて応じなかつた。しかし上田もそのうち益々窮迫して来たので、昭和二六年一〇月頃、控訴人池島の申出でた坪当り六、〇〇〇円、毎月一坪宛分割売りの条件を一応承諾し、昭和二七年一月から実行する口約をしたが、池島において実行しなかつたので右約束はそのまま立消えの形となつた。ところで上田は昭和二六年一二月頃、かねて親族同様の交際をしていて特別昵懇の間柄である訴外丸山繁蔵に依頼し、同人の息子である被控訴人から金四〇万円を、無利息で期限の定めなく借用したがその返済の見込も立たないので心苦しく思い、昭和二七年四月頃被控訴人に対し、本件三筆の土地を、他に売却の世話をするか、または被控訴人において買取つて貰いたい旨依頼したので、被控訴人は、本件(イ)の土地を賃借し、同地上で洋家具の製造販売業を営んでいる控訴人池島に買取つて貰うのが好都合であると考え、早速同人に当つて見たが、前同様一括しての買受けには応じ難く、坪当り八、〇〇〇円の割合による毎月一坪宛の分割売りの条件で売つてくれるなら買受けてもよいというような意向で話にならなかつたので、その旨上田に伝えるとともに、他に一、二当つて見たが適当な買手もなく、さりとても被控訴人自身進んで買受ける気も起らなかつたのでその儘放置していた。ところが同年九月頃になり、上田が前示四〇万円の借金の返済や生活費等に窮した結果、是非被控訴人において買取つて欲しい旨懇請して来たので、被控訴人も情誼上やむなくこれを承諾した。しかして代金額については上田よりの申出はなく、被控訴人より即金で支払うから坪四、〇〇〇円の割合にして欲しい旨申出でたところ、上田においても借地人が地上に建物を所有していることとて、更地の価格よりは遙かに下廻ることは十分諒解していた際であり、異議なく右申出を承知したので同月一六日売買契約を締結したが、当時本件三筆の土地は区画整理中で約三割減坪になる予定であるとのことだつたので、整理後残る坪数を約一八〇坪と見積り、代金総額を七二万円と定め、即日そのうちから前示貸金四〇万円を差引き残額三二万円を上田に支払い、翌一七日所有権移転登記を了したこと、右契約の際控訴人池島らとの間に存在した賃貸借の処置については何らの話合いも行われなかつたことを認めることができ、前掲(証拠)中叙上の認定に反する部分は採用しない。

(三)  そこで被控訴人の右買受け価格を当時の時価と比較して見るに、本件土地の昭和二七年九月当時の時価は、各鑑定人のうち最低の評価をなせる当審鑑定人下湯北木之助の鑑定結果によつても、更地の場合は一坪につき三〇、〇〇〇円、賃借権付売買の場合はその半額の一坪につき一五、〇〇〇円相当であつたことを認めることができるから、被控訴人の買受け値段は更地としては勿論、賃借権付としても時価よりも著しく低廉であつたことが明らかである。しかし本件土地についての前掲事情から見て当時本件土地を右時価で容易に売買できたものとは考え難いが、さりとて被控訴人の申出でた一坪につき四、〇〇〇円なる価格は、前記事情を斟酌してもなおかつ著しく低廉であるといわなければならないから、売買当事者は少くとも控訴人池島の賃借権の存するものとしての評価額を本件売買取引の基準としていたものと推定せざるをえない。もつとも右賃貸借の処理について売主上田との間に何の話合も行われなかつたことは前述のとおりである。被控訴人は、当時の本件土地の価格は固定資産税評価額以下であつたと主張するけれども、これを肯認するに足る何らの証拠もない。

(四)  次に被控訴人が本訴を提起するに至るまでの経過について見るに、(証拠)に、弁論の全趣旨を綜合すると、被控訴人は大阪市南区難波新地において呉服類の卸小売業を営んでいるものであるが、本件土地は前述の経過でやむをえず買受けたもので、買受直前まではこれが利用方法については何ら考えておらず、また控訴人池島の賃借権が被控訴人に対抗しうるものであるか、えないものであるかについても知識を有しなかなつたが、買受直後たまたま伯父である弁護士丸山郁三より、地上建物に登記がなければ対抗力がなく、明渡を求めることができる旨の法律智識をえたので、早速本件地上建物の登記の有無について調査して見たところ、未登記であることを発見したので、これを奇貨とし、にわかに土地明渡請求の決心をし、控訴人池島ら賃借人に対し、買受けの事実も告げなければ、事前に何らの交渉もすることなく、買受け登記後一三日目の昭和二七年九月三〇日突如本訴を提起したものであることを認めることができる。

被控訴人は、右明渡を求める必要事情として、被控訴人の難波新地における店舗が狭隘であること、そこが呉服類の卸売店舗としては不向であること、希望の船場方面において適当の土地を入手することが容易でないこと、本件土地が被控訴人の父にとり因縁浅からざる土地であること等を挙げ、父の生存中に本件土地の明渡を受け卸売部門の店舗を建築したい意思である旨主張するけれども、前認定の本件土地入手経過から見て少からず疑なきをえないのみならず、仮に真意であるとしても、被控訴人が本件土地は卸売店舗を設けるには必らずしも最適の土地柄ではないと自ら主張していること自体から見ても、本件土地に対する自己使用の必要性はさして切実なものとは考え難い。いわんや被控訴人は年間三億円の取引をする大商人であるというのであるから、卸売店舗設置に最適の土地を他に求めることもさして困難であるとは考えられず、後記認定の控訴人池島側の損害、犠牲を考えるとき、強いて本件土地に固執してその明渡を求めんとするのは甚だしく自己本位の考えに傾き過ぎるの感がある。また被控訴人は、事前に交渉せずして本訴を提起した点につき、控訴人池島が本件土地買受けの誠意を示さず、地上権があるから他に売つても構わないとまで放言し、交渉しても無駄であると考えられたからである旨主張するけれども、(証拠)によれば、当時同人は資金的に余裕がなかつたから買取らなかつたものであつて、必らずしも不誠意で買取らなかつたものではないこと、当時同人には被控訴人同様借地権の対抗力についての法律知識がなかつたことを認めることができるから、被控訴人において買受後控訴人池島の賃借権が対抗力のないものであることを知つた以上、改めてその事実を告げて交渉して見る程度の誠意はあつてしかるべきものと考えられる。しかるに抜打的に本訴を提起しその後も全く妥協しない態度から考えると、交渉の余地がなかつたからではなく、所有権を楯に遮二無二本件土地を明渡さしめようとの意思であつたことを看取するに難くない。

(五)  次に本件(イ)の土地に対する控訴人池島側の必要事情ならびに明渡による損害について考えて見るに、(証拠)を綜合すると、控訴人池島は昭和一七年頃、本件(イ)地上にあつた上田与三右衛門所有の家屋を賃借し洋家具製造販売業を開始したが、昭和二〇年三月の空襲で同家屋が焼失したので、昭和二一年二月一日改めて本件(イ)の土地を上田から賃借し、羅災跡を整地して工場、事務所等を建築して右営業を再開し、昭和二二年九月頃控訴会社(当初の商号は池島工業株式会社)を設立し、爾後同会社名義で営業し、一時経営困難な時期もあつたが、それを切抜けて、本訴提起当時漸く本件土地を根拠として手広く発展の基礎を築きつつあつたものであるところ、その後業績は次第に向上し、今日では多数従業員を使用し、相当盛大に営業していること、従つて本件(イ)の土地は控訴人池島側にとり必要度は極めて高く、永年営業の根拠としてきた本件土地を明渡し他に移転するとせば営業上多大の打撃、損失を蒙るばかりでなく、自己及び多数従業員の生活にも少なからず脅威を感ずるに至ること、他に移転先を求めることも実際問題として容易でなく、本件(イ)の土地に対する控訴人池島側の必要度は被控訴人側に比し遙かに高く、切実であることを認めることができる。被控訴人は、本件土地付近は商業地域であるから洋家具製造業には不向であると主張するけれども、控訴人池島の営業が発展している点から見て右主張は首肯し難い。また被控訴人は、控訴人池島が大正区の方にも工場を設置しているというも、そちらへ移転し、本件土地を明渡すことが可能ないし容易であると認めるに足る証拠は何もない。

(六)  次に被控訴人が本件土地の明渡を受けることによつて獲得する利得について考えて見るに、(証拠)を綜合すると、本件土地附近の宅地の取引価格は本訴提起当時より現在に至るまで更地価格を一〇〇%として、(イ)地上に他人所有の建物が存在し、これを収去せしめて土地の明渡を受くることを要する場合には約八〇%(ロ)借地権が付着する場合には約五〇%が一般の相場であることを認めることができるところ、被控訴人は(イ)の場合に該当する土地を(ロ)の場合の土地の評価額で買受けたものであるから、本件土地の明渡を受ける場合には更地価格の約三〇%の利得をする勘定である。ところで(証拠)によると、本件土地(換地坪数にして全部で一八一坪八合二勺)の本訴提起当時の更地価格は坪当り三万円ないし五万円相当であつたことが認められ、また前示乙第二四ないし第二六号証によると、本件土地の昭和三六年一一月当時の更地価格は坪当り一七万円ないし二五万円相当であることを認めることができるから、被控訴人は本件土地の明渡を受けることにより、本訴提起当時を標準とすれば少くとも一六三万円余(坪当り九、〇〇〇円)の、昭和三六年一一月当時を標準とすれば九二七万円余(坪当り五一、〇〇〇円)ないし一、三六三万円(余坪当り七五、〇〇〇円)の利得をする計算となる。ところで既に認定した本件土地売買契約当時の状況から考えると、右利得は契約当時利得者及び利害関係人が現実に予期せず、たまたま控訴人池島らの賃借権の対抗要件の欠缼なる事情の発見によつて生ずることとなつたものといわなければならず、しかもその利得の獲得(即ち本件土地明渡請求権の権利行使)は権利者の切実な必要に基いて行われたものでなく、単なる意欲即ち恣意によつて行われるもので、かつ右利得の反面に利害関係人たる控訴人池島ら賃借人に多大の損害を蒙らせ、その結果の利害の差が権利行使の前の状態即ち当事者が予期し満足していた相互の利害関係に比して著しく均衡を失し、その度合は社会通念上許容の限度を超えるものと認めなければならない。

(七)  しかるに当裁判所が職権で付した本件の民事調停の経過を見るに、被控訴人側は賃貸には頑として応ぜず、また売渡すとしても坪当り三〇万円以下の価格では応じない態度を示し、控訴人池島側の到底受諾し難い金額を提示したので、調停も不調に終つたことが、(証拠)と弁論の全趣旨によつて認められるから、被控訴人の態度は自己の利益の追求にのみ急にして、相手方の立場、利益を無視して顧みないものであるとの非難を免れない。

以上認定の事実を綜合して考えると、被控訴人は、単に控訴人池島が本件(イ)の土地を賃借し、同地上に建物を所有して営業している事実を知つて本件土地を買受けたものであるに止らず、時価よりも著しく低廉な、しかも賃借権付評価で取得した土地につき、たまたま控訴人池島の賃借権が対抗力を欠如していることを発見し、これを奇貨として予想外の新たな利益を収めようとするものであり、その方法としては事前に何らの交渉もしないで抜打的に本訴を提起し、その反面に、相手方に予期しない不利益を与えるもの、即ち正当な賃借権に基き地上に建物を所有して平穏に営業し来つた控訴人池島側の営業ならびに生活に多大の損失と脅威を与えることを意に介せず、敢えて彼我の利益の均衡を破壊して巨利を博する結果を招来せんとするものと認めなければならないから、被控訴人の控訴人池島に対する本件建物収去、土地明渡の請求は到底土地所有者とその既存利用者間の信義誠実の原則に則つた権利行使とは認め難い。よつて右請求は権利の濫用として排斥するのが相当であると認める。

しかして控訴人池島に対する右請求が許容されない以上、同人との使用貸借契約に基き本件(イ)地上建物を使用している控訴人池島物産に対する同地上建物よりの退去及び同土地明渡の請求が理由のないことも多言を要せずして明らかであり、(証拠)によれば、昭和三四年八月頃右地上建物より退去したことが認められるから控訴人岡林に対する建物退去、土地明渡の請求は既にこの点において理由がない。

そこで次に損害金請求の点について考えて見るに、控訴人池島が被控訴人において本件(イ)の土地の所有権を取得した日時以降同土地の仮換地及び換地について被控訴人に対抗しうる占有権原を有しないことは前認定のとおりである。しかして被控訴人の控訴人池島に対する同地上建物の収去及び土地明渡の請求が権利の濫用として許されずその反射的効果として控訴人池島において右建物収去、土地明渡の請求を拒否しうる結果となるとしても、そのことから直ちに同控訴人の右土地占有が正当権原に基く適法なものに転化するいわれはないから、同控訴人において被控訴人が右土地の使用収益を妨げられることによつて蒙つた損害についてまでも、賠償義務を免れるためには、さらに被控訴人において右損害賠償を請求すること自体も権利の濫用と認められなければならないところ、前認定の建物収去、土地明渡を権利の濫用と認めた事由はいまだ被控訴人の損害金の請求までも権利の濫用と認むべき事由となすに足らず、他に損害金の請求を権利の濫用と認むべき特段の事情もない。

そうすると控訴人池島は被控訴人に対し本件(イ)の土地の仮換地使用収益権及び換地の所有権に対する侵害の損害賠償として地代相当の金員の支払義務を免れない。(元来他人の所有物をその者に対抗し得べき正権原なくして占有することは、別の観点よりすれば、不法行為を構成することは論を俟たないところであり、ただこの場合は、別に所有権自体の権能に基いて、代償物たる金銭賠償よりも一層有力な占有回復という直接的救済方法が認められる関係に在るに外ならず、また右の占有回復が実現するまでの期間に対して通常許容される金銭賠償に対応する損害は、回復の目的たる占有即ち所有権中の使用収益権能の分解即ちその時間的分割部分の喪失と考えることができ、通例それは将来の占有回復という救済手段に附随し、その遅延に対する損害の賠償と考えられることが多いが、右の損害は、本来、占有妨害の成立する限り、占有回復の能否に拘らず独立的に発生し、その賠償も独立した賠償方法であり、損害発生の期間に対応して考える限り、それは常にその期間の損害の全部に対する賠償であると考えられる。ところで、今もし土地所有権の侵害において、所有者の求める土地明渡の請求が権利の濫用として許容し難いと見られても、このことは被侵害者の有する救済手段のうち、最も強力であり、直接的で効果的な目的物の占有そのものの回復(救済の対象たる使用収益権能の根源であり、総和であるものの即時、全面的回収)の途が拒否せられたことを意味するに止まり、代償的救済手段としての金銭を以てする占有利益喪失の分割的補償の途までが否定されたことにはならないし(これが否定されるためには、かかる第二次的救済までが権利濫用になるか否かが、更に検討されねばならない筈であるが、これは実質的には使用対価の支払と殆ど異なるところがないから、この権利濫用を肯定することは至難であろう)、いわんや他人所有物の無権原占有行為の違法性が阻却されて、不法行為の成立が否定されることを何等意味するものではないと考えるべきであつて、この場合における占有者の保護は、権利者の右第一次的救済の否定から生ずる反射的なもの以上に出でず、これを更に高めて、その占有に正当性ないし権利性を付与しなければならないとする根拠は、格別にこれを見出すことはできない。そうすると、この場合の被侵害者の救済方法としては、本来独立した損害の賠償としての意味を持つ右の占有喪失の継続に対する金銭的損害賠償が、他人の所有物に対する無権原占有状態即ち不法行為状態の存続する限り、占有利益喪失の時間的部分に対応する補償として、被侵害者に許容されるものと解すべきであつて、もし関係当事者がこのような稍変則的な状態の継続を欲しないならば、相互の関係を適法化すべき契約の成立、又は占有関係からの離脱についての意思の合致への努力を致すべきものである)。

しかして(証拠)によると、本件(イ)の土地(仮換地及び換地)の地代相当額は一カ月につき、一坪当り昭和二七年一〇月九日当時は金一一〇円、昭和二八年一〇月九日当時は金一二六円、昭和三〇年一〇月一〇日当時は金二一三円七〇銭、昭和三一年一〇月一〇日当時は金二三一円七〇銭、昭和三二年一〇月一〇日当時は金二六三円五〇銭、昭和三三年一〇月一〇日当時は金二八一円一〇銭であつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はないから、控訴人池島は被控訴人に対し本件訴状送達の翌日である昭和二七年一〇月九日から本件(イ)の土地の換地明渡済に至るまで別紙明細表一、記載のとおりの損害金を支払わなければならない。しかしながら、控訴人池島物産は控訴人池島との使用貸借契約に基き、控訴人岡林は控訴会社の使用人として、単に本件(イ)地上建物の全部または一部を使用しまたは使用していたものに過ぎないことが(証拠)によつて認められるから、前叙の如く控訴人池島において右建物収去、土地明渡義務がない以上控訴人池島物産及び同岡林の右建物の占有(岡林については仮に独立占有があつたとしても)と被控訴人が本件(イ)の土地(仮換地及び換地)を使用できないこととの間には相当因果関係を認めえない。そうすると控訴人池島物産、同岡林に対する損害金の請求は理由がないものといわなければならない。

四、次に控訴人池田、同寺尾に対する請求について考えて見るに、控訴人池田が本件(ロ)、(ハ)地上の家屋を昭和三〇年四月八日控訴人寺尾に所有権移転登記するまで所有し、控訴人寺尾がこれに居住していたことは同控訴人らの認めて争わなかつたところである。同控訴人らは、右日時まで右建物が控訴人池田の所有であつたことを認めたことはなく、仮に認めたとしても権利自白であるから自由に取消しうる旨主張するけれども、右自白があつたこと、それが単なる権利自白でないことは弁論の全趣旨によつて明らかである。同控訴人らはさらに控訴人池田より控訴人寺尾へ右家屋を売渡し所有権を移転した日時は昭和二六年三月二五日で、単に所有権移転登記のみが遅れていたものに過ぎないから、右自白は真実に反し、かつ訴訟代理人の錯誤に基くものであると主張し、右自白を取消すも、丙第一号証、第二号証の一ないし六は同控訴人ら代理人提出の昭和二九年七月二七日付証拠説明書(同日の原審口頭弁論期日において陳述)の記載に照らし、右主張を肯認する資料となし難く、また丙第三号証の一、二及び当審における控訴人池田、同寺尾各本人の供述も、原審における控訴人池田本人の供述と弁論の全趣旨に照らしにわかに措信し難く、その余の丙号各証及び証人上田三子郎の証言(原審及び当審一、二回)をもつてしてはいまだもつて前示自白が真実に反し、かつ代理人の錯誤に基くものであることを認めるに足りないから、右自白の取消は許されない。

しかして控訴人池田が被控訴人において本件(ロ)、(ハ)の土地所有権を取得する以前から同地上の家屋を所有し、同土地の仮換地全部を占有し来つたことは弁論の全趣旨によつて明らかである。

そこで控訴人池田が本件(ロ)、(ハ)の土地の仮換地を使用収益する権原を有したかどうかについて考察するに、(証拠)を綜合すると、控訴人池田は昭和二三年頃、訴外上田与三右衛門に無断で本件(ロ)(ハ)地上に被控訴人主張の家屋を建築したが、その後事後承認をえて右上田から右土地を賃借するに至り、被控訴人が右上田から右土地の所有権を取得した当時、右賃貸借は上田と控訴人池田との間に有効に存続していたことを認めることができるけれども、右賃貸借及び地上建物につき当時登記が存しなかつたことは争がないから右賃貸借は被控訴人に対し対抗しえないものであること勿論である。控訴人池田は右上田と被控訴人間の本件土地売買が借地権付売買であつたこと、仮に然らずとしても被控訴人が右登記の欠缼を主張するにつき正当な利益を有する第三者でないことを理由に、右賃貸借は被控訴人に承継せられたものである旨主張するけれども、その理由のないことは控訴人池島の主張に対して説示したとおりである。そうすると控訴人池田は被控訴人が本件(ロ)、(ハ)の土地所有権を取得した日以降同地上家屋の所有権を控訴人寺尾に移転した前記日時まで、被控訴人に対抗しうる権原なくして(賃借権以外の占有権原については主張がない)同土地の仮換地を占有し、これに対する被控訴人の使用収益権を侵害していたものといわなければならない。控訴人池田は被控訴人の本訴請求が権利の濫用である旨主張するけれども、仮に被控訴人の控訴人池田に対する右地上家屋の収去、土地明渡の請求が権利の濫用として許されないものであつたとしても、右仮換地の使用収益権の侵害に対する損害賠償義務までも免れえないものであることは、控訴人池島の場合と同様であるから、控訴人池田は被控訴人に対し本件訴状送達の翌日である昭和二七年一〇月九日から、本件(ロ)(ハ)地上の家屋の所有権を控訴人寺尾に移転した日の前日である昭和三〇年四月七日まで、地代相当の損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。しかして(鑑定)の結果によると、右地代相当額は一カ月につき、一坪当り昭和二七年一〇月九日当時は金一一〇円、昭和二八年一〇月九日当時は金一二六円であつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はないから、控訴人池田は被控訴人に対し、昭和二七年一〇月九日から昭和二八年一〇月八日までは一カ月金二、四〇〇円、同年同月九日から昭和三〇年四月七日までは一カ月金二、七四九円の各割合による損害金を支払わなければならない。

被控訴人は、控訴人寺尾に対しても控訴人池田と連帯して右期間中の右損害金の支払を求めるけれども、原審における控訴人池田本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば控訴人寺尾は右期間中は単に控訴人池田から本件(ロ)(ハ)地上の家屋を賃借して居住していたに過ぎないものであることが認められ、かつ控訴人池田において被控訴人に対し家屋を収去して土地の明渡をしようとしたに拘らず控訴人寺尾において故らに右家屋から退去せずこれを妨害する等直接被控訴人の右土地に対する使用収益を妨げたことを認むるに足る何らの証拠もないから、控訴人寺尾の右家屋の占有使用と被控訴人が右土地を使用収益しえなかつたこととの間には相当因果関係を認むることができない。従つて控訴人寺尾に対して右期間中の損害金の支払を求める被控訴人の請求は理由がない。

次に控訴人寺尾に対する家屋収去、土地明渡ならびに昭和三〇年四月八日以降の損害金請求の当否について考えて見るに、

同控訴人が昭和三〇年四月八日以降本件(ロ)(ハ)地上に被控訴人主張の家屋を所有し、同土地の換地(換地処分前は仮換地)全部を占有していることは前示のとおりである。

控訴人寺尾は、右土地占有の権原として賃借権を有する旨主張し、その取得経過として、昭和二六年三月二五日控訴人池田から右地上家屋を買受けると同時に、訴外上田与三右衛門の承諾をえて控訴人池田が有した右土地に対する賃借権の譲渡を受け、被控訴人は右土地の所有権を借地権付売買により取得することにより右賃貸借関係を承継するに至つたものである。仮に借地権付売買でなかつたとしても、被控訴人は控訴人寺尾の右賃貸借及び地上建物の登記の欠缼を主張するにつき正当な利益を有する第三者ではないから、控訴人寺尾の右土地に対する賃借権を否認しえない旨主張するけれども、前認定の如く控訴人寺尾が右地上家屋の所有権を取得した日時は昭和三〇年四月八日であるから、これに反する事実を前提とする右主張は肯認しえない。

もつとも(証拠)中には、昭和二六年四月頃、右地上家屋の居住者が控訴人池田から控訴人寺尾に変つていることを発見したので、控訴人寺尾に家屋を売渡したものと考え、その後は控訴人寺尾を賃借人として扱い、同人から地代を受領していた旨の供述部分があり、また前示丙第一号証(地料領収通帳)及び同第二号証の一、二(地代預り証)の宛名もいづれも控訴人寺尾となつていることが認められるけれども、(証拠)と弁論の全趣旨殊に同控訴人らが「右書面の宛名が寺尾となつているのは、同人が本件地上家屋に居住していて地田に対する家賃と差引き、地代を池田に代つて地主上田に納めていた関係からであつて他意はない」と主張していた点(前掲昭和二九年七月二七日付証拠説明書参照)に徴すると、賃貸人上田側は、控訴人寺尾が本件(ロ)(ハ)地上の家屋の所有者となり、土地の使用者が同人に変つたものと誤認して控訴人寺尾を賃借人として扱つていたものに過ぎずして、真実の賃借人は依然控訴人池田であつたことが認められる。

ところで控訴人池田の有した賃借権は被控訴人に対し対抗しえないものであることは前述のとおりであるから、被控訴人において本件土地の所有権取得後においては、被控訴人の承諾なき限り控訴人寺尾において控訴人池田から有効に右賃借権を承継取得することはできないものであるところかかる承諾のあつたことの主張はないから、控訴人寺尾が本件(ロ)(ハ)の土地につき賃借権を有する旨の主張は採用するに由がなく、他に占有権原についての主張はない。

そうすると控訴人寺尾は本件(ロ)、(ハ)地上の家屋の所有権を取得した昭和三〇年四月八日以降、無権原で同地上に右家屋を所有することによつて同土地の仮換地及び換地を不法に占有し、被控訴人の右仮換地使用収益権及び換地の所有権を侵害しているものといわなければならないから、被控訴人に対し右地上の家屋を収去して右換地を明渡すとともに、地代相当の損害金を支払うべき義務があること明らかである。

控訴人寺尾は、被控訴人の本訴請求をもつて権利の濫用であると主張するけれども、仮に被控訴人の控訴人池田に対する家屋収去、土地明渡の請求が控訴人池島に対する場合と同様の理由によつて権利の濫用として許されなかつたものであるとしても、控訴人寺尾は本件の土地が被控訴人の所有に帰した後に同地上の家屋の所有権を取得したものであるから、被控訴人が本件土地を取得した当時賃借権を有し、たまたまそれが対抗要件を具備しないため被控訴人に対抗しえなかつた控訴人池島、池田とは全く立場を異にするものといわなければならない。従つて控訴人寺尾については、前示控訴人池島に対する建物収去、土地明渡の請求を権利の濫用と認めた理由はそのまま通用せず、控訴人池島の特殊事情を除外すると、控訴人寺尾主張の事由は到底被控訴人の控訴人寺尾に対する本訴請求をもつて権利の濫用と認めるに足りない。

次に本件(ロ)、(ハ)の土地(仮換地及び換地)の地代相当額は(鑑定)の結果によると、一カ月につき、一坪当り昭和三〇年四月当時は、金一二六円、昭和三〇年一〇月一〇日当時は金二四五円、昭和三一年一〇月一〇日当時は金二八〇円五〇銭、昭和三二年一〇月一〇日当時は金三一二円四〇銭、昭和三三年一〇月一〇日当時は金三四五円六〇銭であつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はないから、控訴人寺尾は被控訴人に対し昭和三〇年四月八日から本件(ロ)、(ハ)の土地の換地明渡済に至るまで別紙明細表二、(ロ)記載のとおりの損害金を支払わなければならない。

被控訴人は控訴人寺尾に対し、本件(ロ)(ハ)地上の家屋のほか工作物の収去をも求めているけれども、同地上に如何なる工作物が存在するやを具体的に示さず、また家屋のほかに工作物が存在することの立証もないから、工作物の収去を求める請求部分は理由がない。

五、以上の理由により被控訴人の控訴人らに対する本訴請求中、控訴人池島に対し損害金の支払を求める部分、控訴人池田に対する請求の全部、控訴人寺尾に対し建物収去、土地明渡ならびに昭和三〇年四月八日以降の損害金の支払を求める部分は、いづれも正当として認容すべきも、控訴人池島に対し建物等収去、土地明渡を求める部分、控訴人池島物産及び同岡林に対する請求の全部、控訴人寺尾に対し工作物収去ならびに昭和三〇年四月七日以前の損害金の支払を求める部分はいづれも失当として棄却すべきものと認める。そうすると原判決は右認定と異る部分につき、一部取消、一部変更を免れず、結局控訴人らの控訴は控訴人池島については一部、控訴人池島物産及び同岡林については全部、控訴人寺尾については一部理由あるも、控訴人池田については請求減縮の結果全部理由なきに帰し、被控訴人の付帯控訴は控訴人池島、同寺尾に対する分の各一部についてのみ理由があることとなる。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、仮執行ならびに同免除の宣言につき、同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官岡崎久晃 裁判官宮川種一郎 鈴木弘)

目録及び損害金明細表<省略>

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